2015年7月12日日曜日

フレンチ プチワゾー@東中野へ行く


 駅からも人通りからも離れたお店、フレンチのプチワゾーへ行った。地元にこんな居心地のいいお店がある。職人の哲学や蘊蓄も関係なくそんな取り巻きの理屈もケレン無関係の楽しき楽園というものがある。
 東中野も行政やら国策やらで駅前がテンヤワンや。商店街の歯抜けな閑散とは対照的に駅前ロータリーの無意味な空疎そしてアトレビの失速衰退...。鉄道屋の時代洞察の愚妹が招いた明らかなる兆候...全ては会計学の陥穽が誘因起因する。目先なのか中長期なのか目算も打算もかなぐり捨てて。そんな決算の罠が招く責任問題、どうでもいい...。

















2015年7月8日水曜日

岸由@東中野へ行く


 梅雨真っ盛り。「天然の鮎が入りました」ということで岸由へレッツゴーである。食道楽の大家(たいか)北大路魯山人も鮎に目が無かったのだが今の時節、鮎は王道中の王道である。そして徳島鳴門の漁師村公一さんの鱸(すずき)もタイムリーに届く。
 料理を嗜むには「時を識る」ことがいかほどに重要か。魯山人が言うように食材の旨味を料理人は写実的に再現することが料理の妙味である以上、食材の旬である時を知悉することが第一義である筈だ。そしてその料理を時を違えず味わい尽くすことこそが!一等大事に決まっている。一汁三彩...。このリズムに素晴らしき食材を鋳造してこそ、日本人のアイデンティティも面目躍如である。食は命を繋ぐ根源行為である。食の飽くなき旅は続く...。

























2015年7月5日日曜日

ラミティエ@高田馬場へ行く


 梅雨本番。日曜の夜。名店の誘いは季節を不問にする。オールシーズンの食欲を全開にする。人間の食欲に時空は関係ない。欲望の発展が芸術である以上、食欲という生きとし生ける本質論は満腹だけの充足に留まらず味覚強いて言えば「食の美」へと昇華する。美味しさの論理、美味しさの哲学とは何か?その答えがこの名店にある。好悪を超えた味覚の厳選規準を明示せよ。没個性の時代に没感性の時代に生きる事と同義の食べる事が連鎖する。生の燃焼力の最大...。食こそが肝要なるパラダイムである。